経済の教科書は、たいていこんな物語から始まります。
昔々、お金がなかったころ、人々は物々交換をしていた。
でも「魚を持っていて靴が欲しい人」と「靴を持っていて魚が欲しい人」が出会うのは大変だ。
そこで、みんなが欲しがるもの——貴金属——をあいだに挟むことにした。
こうして貨幣が生まれた。
筋が通っていて、わかりやすい。
ひとつだけ問題があります。
この物語を裏づける証拠が、どこからも見つからないんです。
この告発を派手にやってのけたのが、人類学者デヴィッド・グレーバーの『負債論』(2011年)です。
グレーバーはこう指摘します。
人類学者は100年以上、世界中の社会を調べてきた。
でも「物々交換を経済の中心にしていた社会」は、ただの一例も報告されていない。
物々交換が主に見られるのは、貨幣を知っている人たち同士が、たまたま貨幣を使えない状況(捕虜収容所や崩壊後の経済)に置かれたときです。
つまり物々交換は貨幣の「前」ではなく「後」に現れる。