懐の雑誌に、ディジョンのアカデミーの懸賞論文の課題が載っています。
「学問と芸術の復興は、道徳の純化に貢献したか」。
つまり、文明が進歩して、人間は良くなりましたか、という問いです。
当時の常識では、答えは「イエス」以外ありえません。
時は啓蒙の世紀、進歩への信頼が輝いていた時代です。
でもその男は、街道の木陰で稲妻に打たれたような啓示を受けた、とのちに回想しています。
浮かんだ答えは、真逆でした。
否。
学問と芸術は、人間を飾り立てただけで、堕落させた。
文明こそが、人間を不幸にした——。
この逆張り論文は見事に最優秀を取り、男は一夜にして時代の寵児になります。
名前はジャン=ジャック・ルソー。
フランス革命の理論的燃料を仕込み、近代教育学を開き、そして自分の人生では盛大に矛盾を抱えた、問題児にして天才です。