当時のベルリンの哲学界は、ヘーゲルの独壇場です。
超満員の大講義に、ヨーロッパ中から聴講者が押し寄せていました。
新人講師は、自分の講義の時間割を決めるとき、とんでもない選択をします。
ヘーゲルの人気講義と、まったく同じ時間に、自分の講義をぶつけたんです。
本物の哲学がどちらか、学生に選ばせてやる、というわけです。
結果は、歴史に残る閑古鳥でした。
教室に来たのは数人。
ほどなく講義は立ち消えになり、彼は大学に見切りをつけます。
男の名は、ショーペンハウアー。
喧嘩っ早くて、偏屈で、悲観主義。
ところがこの偏屈者の哲学は、ヘーゲルの体系が色あせた後の時代に、ニーチェを、フロイトを、そして多くの芸術家を生み出す土壌になります。
そして彼は、西洋の大物哲学者として初めて、東洋の知恵に本気で頭を下げた人でもありました。
ショーペンハウアーの主著は『意志と表象としての世界』。
書き出しからして挑発的です。
「世界は、私の表象である」。