会場は満員どころか、入口が壊れ、気を失う人まで出る騒ぎだったと伝えられています。
ロックスターのライブではありません。
講演のタイトルは「実存主義はヒューマニズムである」。
哲学の講演です。
登壇したのは、身長百五十センチあまり、斜視の小男。
ジャン=ポール・サルトル。
戦争が終わったばかりのヨーロッパで、哲学は一夜にして、カフェと新聞と流行の最前線に躍り出ました。
神への信頼も、進歩への信頼も、瓦礫になった時代。
「それでも人間は、どう生きるのか」。
キルケゴール(第26回)が蒔いた実存の問いが、二度の大戦を経て、時代の主役になった瞬間です。
サルトルの看板テーゼは、一本のペーパーナイフで説明できます。
ペーパーナイフは、作られる前から「何のための物か」が決まっています。
職人はまず用途と設計(本質)を考え、それから実物(実存)を作る。
道具においては、本質が実存に先立ちます。