紀元前5世紀のアテネの観客は、そう思っていませんでした。
彼らが劇場で観る物語は、全部が有名な神話。
オイディプスがどんな運命をたどるか、客席の全員が知っています。
それでも観客は泣き、震え、劇作家に賞を与えました。
「結末を知っていても面白い」どころか、「知っているからこそ怖い」。
今回は、その離れ業を発明したギリシャ悲劇の話です。
まず驚くべきは、その規模です。
アテネでは年に一度、ディオニュソス祭という演劇の祭典が開かれました。
数日間にわたって悲劇と喜劇が上演され、市民が審査し、優勝者を決める。
劇場は約1万数千人収容と推定されています。
当時のアテネの市民人口を考えると、街ぐるみの一大イベントです。
国が費用を持ち、貧しい市民には観劇手当まで出た。
演劇は娯楽であると同時に、市民教育でもあったんです。
権力者の転落や戦争の悲惨を、市民全員で目撃して考える。
民主政アテネの、壮大な装置でした。