今回は宗教の話をするのではありません。
信仰は信仰として尊重したうえで、聖書を「文学作品の宝庫」として読んでみる回です。
というのも、聖書を物語として知らないと、西洋文学の半分は読めないんです。
メルヴィルも、ドストエフスキーも、フォークナーも、スタインベックも。
西洋の作家たちは、聖書を引用の共通語として書いてきました。
教養としての聖書は、世界文学の解像度を一段上げる眼鏡なんです。
まず意外と知られていない事実から。
聖書は一冊の本ではありません。
何百年もかけて、大勢の書き手が書いた数十の書物を束ねた、いわばアンソロジーです。
中身のジャンルもばらばらで、天地創造の神話があり、民族の歴史書があり、法律があり、恋愛詩があり、人生哲学があり、手紙がある。
「聖書」というより「古代イスラエル文学全集」と呼んだほうが実態に近い。
だから文学として読むときは、全部を頭から読む必要はありません。
名作ぞろいの棚から、好きな一冊を抜けばいいんです。
今回はその棚から、文学として名高い三冊を紹介します。