この世紀、小説は爆発しました。
都市に人が集まり、印刷が安くなり、新聞と雑誌が生まれ、読み書きできる人が急増した。
物語にとっての産業革命です。
小説はこの世紀に、社会全体を丸ごと飲み込もうとし始めます。
その野望をいちばん大きく掲げたのが、フランスの二人。
バルザックとスタンダールです。
バルザックの野望は、常軌を逸していました。
同時代のフランス社会の全部を、小説で書き尽くす。
貴族も銀行家も高利貸しも、記者も女優も犯罪者も田舎の守銭奴も。
彼はこの構想を『人間喜劇』と名付け、90篇あまりの小説をひとつの巨大な体系として書き続けました。
登場人物は、通算でおよそ二千人以上と言われます。
しかも、思いつきの寄せ集めではありません。
ダンテの『神曲』、すなわち神の喜劇に対して、人間の世界の全体図を対置する。
第10回のあの大聖堂に、19世紀のパリで張り合おうとしたわけです。