第4部は、映画がいちばん尖っていた時代です。
その口火を切ったのは、パリの映画雑誌にたむろする、生意気な映画オタクの若者たちでした。
1950年代のパリに「カイエ・デュ・シネマ」という批評誌がありました。
そこに集った20代の批評家たち—トリュフォー、ゴダール、シャブロル、ロメール、リヴェット—は、毎日シネマテークに入り浸って古今東西の映画を浴び、誌面で当時のフランス映画界を口汚く罵倒していました。
「文芸大作ばかり撮る『パパの映画』は死んだ」と。
彼らの理論が「作家主義」です。
映画の作者は脚本家でも会社でもなく、監督である。
ヒッチコックやホークスのような「娯楽職人」も、溝口健二も、実は一貫した世界を持つ作家なのだ、という再評価。
いまでは常識になったこの見方、言い出しっぺはこの若者たちです。
そして彼らは、批評だけでは飽き足らず、とんでもない行動に出ます。
自分たちでカメラを持って、撮りはじめたんです。
批評家が監督になる。
映画を浴びるほど観た人間が、その知識で映画を作る。
「ヌーヴェルヴァーグ(新しい波)」の誕生です。