文化人類学のレンズを手に入れるうえで、最初に外すべき色眼鏡があります。
「自分たちの文化が進んでいて、よその文化は遅れている」という思い込みです。
19世紀、人類学はいまとはずいぶん違う学問でした。
当時のヨーロッパの学者たちは、人類は「野蛮→未開→文明」と一直線に進歩する、と考えていました。
頂点はもちろん自分たちヨーロッパ文明。
アフリカや南太平洋の人々は「進化の途中で止まった人たち」であり、彼らを観察すれば人類の過去がわかる、という発想です。
いま聞くとぞっとする話ですが、これが当時の「科学」でした。
この見方を根本からひっくり返したのが、フランツ・ボアズというドイツ生まれの人類学者です。
ボアズは北極圏でイヌイットの人々と暮らし、あることに気づきます。
彼らの言語や技術や慣習は「遅れている」のではない。
極寒の環境で生き抜くために、恐ろしく精密に設計されている。
雪と氷を読み分ける語彙の細かさ、獲物を無駄なく使い切る技術。
ヨーロッパ人をそのまま北極圏に置いたら、一週間ももたないでしょう。