1925年、フランスの社会学者マルセル・モースが、一冊の本を発表します。
『贈与論』。
文化人類学の歴史で、おそらくもっとも影響力の大きい本です。
モース自身は現地調査をほとんどしていません。
代わりに、マリノフスキーのクラ交易の報告、北米先住民の記録、ポリネシアの伝承、古代ローマやゲルマンの法律——世界中の資料を突き合わせて、とんでもない共通点を見つけました。
モースの発見はこうです。
時代も場所もばらばらの社会で、贈与にはつねに3つの義務がセットになっている。
- 与える義務 — しかるべき相手に、しかるべき場面で贈らないと、名誉を失う
- 受け取る義務 — 差し出された贈り物を断ることは、関係の拒絶であり、宣戦布告にすらなる
- 返す義務 — 受け取ったら、いずれ返さなければならない。返せない者は面目を失う
ここで立ち止まってほしいんです。
ぼくらは贈り物を「自由な善意」だと思っています。
あげてもあげなくてもいい、気持ちの問題だと。
でもモースが見つけた贈与は、まるで違う。
贈与は、断ることも返さないことも許されない、強制力を持ったシステムです。