最終第5部は「ビジネスの現場へ」。
ここまで学んだ人類学の方法そのものを、仕事の道具として持ち帰る3回です。
最初の道具は、人類学のいちばん基本の武器。
参与観察です。
まず、人類学の方法論でもっとも有名なたとえ話をひとつ。
アメリカの人類学者クリフォード・ギアツが紹介した「ウインクとまばたき」です。
少年がふたり、目を閉じたとします。
カメラで撮れば、ふたりの動きは同一です。
まぶたが閉じて、開いた。
以上。
でも、片方はただの生理的なまばたきで、もう片方は共犯者への合図のウインクかもしれない。
さらに言えば、ウインクの下手な友人を茶化す「ウインクの物まね」かもしれないし、その練習かもしれない。
外形の記録——まぶたが閉じた——をいくら精密にしても、この違いは永遠にわかりません。
違いは筋肉ではなく、意味にあるからです。
その場の文脈、ふたりの関係、その文化での合図の約束事。
そこまで書き込んで初めて、行動は理解できる。
ギアツはこれを厚い記述と呼びました。
行動の外形だけをなぞる「薄い記述」に対して、意味の層まで掘り下げる記述です。