2008年の世界金融危機を、事前に警告していた記者がいます。
英フィナンシャル・タイムズ紙のジリアン・テット。
彼女がのちに種明かしをした「見抜けた理由」が、この講座の総仕上げにふさわしいので、今回はその話をします。
テットの武器は、経済学でも金融工学でもありませんでした。
ケンブリッジ大学で修めた、文化人類学の博士号です。
テットは若き日、旧ソ連圏のタジキスタンの山村に住み込み、結婚の儀礼を研究した、正真正銘のフィールドワーカーでした。
その後、金融記者に転じた彼女は、2005年ごろ、ロンドンやニューヨークの投資銀行を取材します。
そのとき彼女がやったのは、金融商品の数式を追うことではなく、人類学者の目で銀行という「部族」を観察することでした。
彼女が見つけた奇妙さは、たとえばこうです。
デリバティブ(金融派生商品)を組む部門は、猛烈な速さで巨大化しているのに、銀行内の序列では地味な存在で、外部からの取材もほとんど受けていない。
この商品について、部族の誰もが同じ専門用語で語り、その用語の外で——つまり普通の言葉で——リスクを説明できる人がいない。
そして「これは大丈夫なのか」という問いは、その部族では訊いてはいけない質問、つまりタブー(第12回)になっている。
沈黙。
専門用語という結界。
訊けない問い。
人類学者にとって、これらは「その共同体の急所がそこにある」という古典的なサインです。
テットは2006年から、クレジット市場の異常を指摘する記事を書き続けました。
金融のプロたちには「専門もわからない記者が」と嘲笑されました。
2年後、世界はその急所から崩れました。