第5部の最終回は、経済学がよりどころにしてきた人間像そのものを、人類学の側から問い直します。
教科書の経済学は、こういう人間を前提に組み立てられています。
限られた資源で、自分の利益が最大になるよう、合理的に計算して行動する個人。
いわゆる「経済人(ホモ・エコノミクス)」です。
行動経済学講座では、この人間像が「計算をよく間違える」ことを学びました。
人類学の批判は、もっと根本に届きます。
そもそも、その人間像は、人類の標準ではない。
アメリカの人類学者マーシャル・サーリンズは、1972年の『石器時代の経済学』で、常識を逆立ちさせる議論を展開しました。
ぼくらのイメージでは、狩猟採集民の生活は悲惨です。
飢えと隣り合わせで、朝から晩まで食料を探し続ける、余裕ゼロの暮らし。
文明と豊かさは、そこから積み上げてきた進歩の階段だ、と。
ところが、実際の調査データは違う絵を描きました。
カラハリ砂漠の狩猟採集民などの研究では、食料獲得に費やす時間は1日数時間、週にすればおよそ20〜30時間程度という報告が相次いだのです。
残りの時間は、昼寝、おしゃべり、訪問、遊び。
しかも栄養状態は決して悪くない。
あの過酷な環境で、です。