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マンガ百年、ぜんぶ読む 第4回

手塚治虫I 『新宝島』の衝撃 — 映画をマンガに持ち込んだ男

第1部 マンガの誕生

1947年、大阪。
焼け跡の露店に、一冊の赤本マンガが並びました。

赤本というのは、駄菓子屋や露店で売られた粗末な造りの安いマンガ本のこと。
定価は安く、紙も悪い。
その中の一冊『新宝島』が、数十万部売れたといわれる大ヒットになります。
描いたのは、大阪の医学生。
18歳の手塚治虫でした(構成・原案はベテランの酒井七馬)。

この一冊を、のちの巨匠たちが口を揃えて「事件」として語ります。
藤子不二雄の両氏も、石ノ森章太郎も、少年時代に『新宝島』を読んで人生が決まったと証言している。
一冊のマンガが、次の世代の作り手をまとめて生み出したわけです。
何がそんなに衝撃だったのか。

『新宝島』の冒頭、主人公の少年が車を走らせる場面は、何コマも使って描かれます。
車が近づいてくる。
運転する顔のアップ。
道が流れていく。

いま読むと普通に見えます。
でも当時の子どもマンガの常識では、これは異様な絵の使い方でした。
それまでのマンガは、舞台の芝居を客席から眺めるように、同じ距離感のコマが並ぶのが基本。
1ページに詰め込める情報が勝負で、一つの動作に何コマも「浪費」するなんてありえない。

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