東京・豊島区椎名町。
1952年に建った、どこにでもある木造二階建てアパート。
風呂なし、トイレ共同、部屋は四畳半。
このアパートの名前を、いまや日本中が知っています。
トキワ荘。
手塚治虫が住み、彼を慕う若者たちが次々と転がり込み、そこからマンガ史の主役たちがまとめて巣立った場所です。
住人と出入りした顔ぶれを並べると、冗談みたいなことになります。
手塚治虫。
寺田ヒロオ。
藤子不二雄の両氏(のちの藤子・F・不二雄と藤子不二雄Ⓐ)。
石ノ森章太郎。
赤塚不二夫。
水野英子。
つまり『ドラえもん』『サイボーグ009』『天才バカボン』の作者たちが、同じ廊下を歩き、同じ共同炊事場でラーメンを作っていた。
美談として語られがちなトキワ荘ですが、実態を見るとかなり生々しい場所です。
まず、みんな貧しかった。
地方から出てきた十代・二十代の若者が、原稿料だけで家賃を払い、締め切りに追われる。
焼酎をサイダーで割った「チューダー」で安く酔い、金がないときは兄貴分の寺田ヒロオが黙って食事を差し入れる。
仕事が落ちれば雑誌から干され、実際に藤子両氏は上京直後に大量の連載を落として、業界から消えかけたことがあります。