「ぼくらが描いているのは、漫画ではない」。
1950年代の終わり、大阪の貸本マンガの世界から、そう宣言する若者たちが現れました。
辰巳ヨシヒロら、のちに「劇画工房」を名乗るグループです。
漫画という名前を拒否して、自分たちの作品を劇画と呼んだ。
マンガ史で最初の、はっきりした世代反乱です。
まず舞台の説明から。
当時、雑誌とは別に「貸本屋」という巨大な流通がありました。
一冊十円ほどで本を貸す店が全国に何万軒もあり、専用の描き下ろし単行本が大量に作られていた。
読者の中心は、集団就職などで働く十代の若者たちです。
ここが重要なところで、劇画は読者の変化から生まれました。
子ども時代に手塚マンガで育った世代が、働き始めても読むのをやめなかった。
でも、丸っこい絵柄の明るい冒険活劇は、工場勤めの十六歳の現実に合わない。
もっと暗く、もっとリアルで、汗と血の匂いがする物語が読みたい——。
劇画はその需要に応えました。
写実的な絵、映画のようなサスペンス演出、救いのない結末。
手塚的な「記号としてのかわいい絵」を捨てて、大人の顔、疲れた顔を描く。
劇画工房のメンバーだったさいとう・たかをは、のちに『ゴルゴ13』でこの路線を極めることになります(この作品の話は第15回で)。