長い旅でした。
鳥獣戯画のウサギから始めて、焼け跡の赤本、四畳半のトキワ荘、653万部の頂点、書店から消えた23巻、そして世界の書店のMANGA棚まで。
総括の回は、百年をひとつの問いに畳みます。
なぜ、日本だったのか。
世界中に絵のうまい国はあります。
物語の豊かな国も、出版の強い国もある。
それなのに、マンガという形式で世界の共通語を作ったのは、なぜ日本だったのか。
この講座の答えを、五つにまとめます。
第6回の劇画、第13回の24年組、第15回の青年誌。
日本のマンガは、読者が人生のどの段階でも読むものがある生態系を作りました。
子どもの娯楽を「卒業」させず、読者と一緒に表現が大人になった。
読者の総滞在時間が長い市場だけが、多様な才能を養えます。
世界のコミック産業との最大の違いは、絵柄でも技術でもなく、この生態系の有無でした。
第8回の梶原一騎、第9回のジャンプの方程式。
型は量産を支える蓄積装置でした。
そして第13回の24年組、第21回の冨樫義博、第22回の『進撃の巨人』。
型が浸透しきった場所で型破りが事件になり、その型破りが次の型になる。
守る側と壊す側が交互に主役になる往復運動が、表現を百年前へ進め続けました。
この往復を商業の真ん中で回し続けたのが日本です。