散歩の途中、道端のお地蔵さんや小さな石の祠を見かけたことがあると思います。
よく見ると、それらが立っている場所には偏りがあります。
道が交わる辻。
村の入り口。
橋のたもと。
峠の頂上。
つまり、こちら側とあちら側の境目です。
今日から第3部。
テーマは「境界」。
昔の人が、空間の切れ目をどう恐れ、どう守ったかの話です。
村の入り口や辻に立つ神様を、道祖神、あるいは塞の神と呼びます。
「塞」は、ふさぐという意味。
外からやってくる悪いもの——疫病、悪霊、災い——を、村の入り口で堰き止める門番です。
鬼の回でやった構造を思い出してください。
災いは「外から来る」と考えられていました。
なら、防衛ラインは村の境界に引くのが合理的です。
石の神様を置き、注連縄を張り、場所によっては大きな藁人形や藁の蛇を村境に立てて、「ここから内側はうちの領分だ」と宣言する。
道祖神は、共同体の免疫システムの検問所でした。
辻が特に警戒されたのには、理由があります。
道が交差する場所は、人と情報と、そして得体の知れないものが行き交う場所。
夕暮れの辻に立って通行人の言葉を聞き、吉凶を占う「辻占」という風習がありました。
辻は異界からのメッセージが漏れてくる場所でもあったんです。