ぼくは高知の山奥に住んでいます。
移住して十年以上経ちますが、いまだに感じることがあります。
山は、明るいうちは気持ちのいい場所です。
でも夕方、日が尾根の向こうに落ちた瞬間、空気が変わる。
視界が急に狭くなり、音の聞こえ方が変わり、「そろそろ帰ろう」と体が言い出す。
街灯のある町では絶対に起きない感覚です。
昔の人が山を「異界」と呼んだ理由は、理屈より先に体でわかります。
今日は、その山の民俗の話です。
農村の神様は、田の神・氏神として人間に寄り添う存在でした。
でも山の神は、もっと荒々しく、気難しい存在として恐れられます。
各地の伝承で、山の神は女神とされることが多く、しかも嫉妬深い。
だから女性が山に入ることを嫌う、とされました(今では受け入れがたい禁忌ですが、これが後の「女人禁制」の一因になります)。
山の神に供えるのは、オコゼという顔の不細工な魚。
自分より醜いものを見て山の神が機嫌を直すから——という、なんとも人間くさい理屈です。