昔の子どもの名前には、妙なものがあります。
捨丸。
拾。
捨松。
わざわざ「捨てる」という字を、大事な我が子につける。
ひどい親でしょうか。
逆です。
これは魔除けの名前でした。
前回見たとおり、幼い子どもは高い確率で亡くなる時代です。
その死は「神や魔に連れて行かれる」と観念されました。
なら、連れて行かれないようにするにはどうするか。
「この子は捨てられた子で、価値がありません」と偽装するんです。
一度道端に捨てる真似をして拾い直す儀式まであった。
魔の目を欺くために、あえて粗末な名前をつける。
捨丸という名前は、その子がどれほど大切にされていたかの、裏返しの証拠です。
名前の民俗の根っこには、ひとつの強い観念があります。
名前はその人の本体と繋がっており、名を知られることは、支配されることだ——。
日本の古代では、女性の実名は親と夫くらいしか知らない秘密でした。
男性に名を明かすことは、求婚を受け入れることと同義だった。
貴族や武士は、実名(諱)を日常では使わず、通称や官職名で呼び合いました。
諱は「忌み名」、つまり口にすることを忌む名前です。
実名を呼んでいいのは主君と親だけ。
実名は、それほど強い急所だと考えられていました。