北枕で寝てはいけない。
夜に爪を切ってはいけない。
ご飯に箸を立ててはいけない。
言われたことがあると思います。
理由を聞くと、答えはどれも同じです。
「死んだ人のやり方だから」。
北枕は遺体の安置の向き。
箸を立てたご飯は死者への枕飯。
着物の左前は死装束。
死者の世界の作法を、生者がなぞってはいけない——この禁忌の束が、日本の日常には今も埋め込まれています。
今日は、その死者の世界との付き合い方。
葬送の民俗です。
重いテーマですが、怖がらせる話ではなく、昔の人の「別れの技術」の話として聞いてください。
葬儀の作法には、「逆さ事」と呼ばれる一群があります。
屏風を逆さに立てる。
着物を左前に着せる。
湯灌の水は、水にお湯を足す普段と逆に、お湯に水を足す。
なぜ全部逆にするのか。
死者の世界は、生者の世界の反転だと観念されていたからです。
あちらの正しさは、こちらの逆。
だから死者はあちらの作法で送り出す。
そして同時に、この反転は境界線の明示でもあります。
日常の作法と葬の作法をくっきり分けることで、「これは非常時である」と全員の体に刻み、終わったら日常に戻る区切りをつける。
ハレとケの回でやった「モードの切り替え」の、もっとも厳粛なバージョンです。