法事は、なぜあんなに何回もあるのでしょうか。
初七日、四十九日、一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌……そして三十三回忌。
数十年にわたって、同じ死者の供養を繰り返す。
合理的に考えれば、一度きちんとお別れすれば済むはずです。
でも、この「何回もやる」ことにこそ、日本の死生観の核心があります。
今日は第4部の締めくくり。
死者が「ご先祖様」になるまでの、長い長い道のりの話です。
民俗学の見立てでは、日本の死者は二段階で処理されます。
第一段階は、個人としての死者です。
亡くなったばかりの人は、まだ生前の顔と名前と個性を持った「あの人」であり、荒々しく不安定な霊(荒魂)と観念されました。
だから手厚い供養が要る。
四十九日、一周忌、三回忌と、法要のたびに死者は少しずつ浄化され、穏やかになり、この世への未練を手放していきます。