結婚式のスピーチで「切れる」「別れる」と言ってはいけない。
受験生の前で「滑る」「落ちる」と言ってはいけない。
理屈で考えれば、変な話です。
「滑る」と口にしたところで、試験の点数は1点も変わらない。
それなのに、ぼくらは今も本気でこれを避けます。
式場のスピーチで「終わる」を「お開きにする」と言い換え、スルメを「アタリメ」と呼び直してきた。
この言い換えの文化の根っこにあるのが、今日のテーマ、言霊です。
言霊とは、言葉に宿るとされた霊的な力のことです。
口に出した言葉は、単なる音ではなく、現実を動かす力を持つ。
良い言葉は良い現実を、不吉な言葉は不吉な現実を引き寄せる——。
万葉集には日本を「言霊の幸ふ国」と詠んだ歌があり、この観念の古さがわかります。
だから、めでたい場では不吉な言葉を封じる(忌み言葉)。
祝いの口上や祝詞は、良い言葉だけを選び抜いて組み上げる。
言葉の力を信じるからこそ、言葉の使用に厳密なルールが生まれるわけです。
マタギの山言葉を思い出してください。
山で里の言葉を使ってはいけない。
あれも言霊の応用です。
言葉はその言葉が属する世界を呼び込む。
だから異界では異界の言葉を使う。
忌み言葉も山言葉も、「言葉が現実に作用する」という同じオペレーティングシステムの上で動いています。