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穿 011

平安遷都と藤原氏 — 婚活で国を掌握する

第2部 古代国家の建設

794年、桓武天皇は都を平安京、いまの京都に移しました。
「鳴くよウグイス平安京」。
これは今も教科書で794年のままなので、ご安心ください。

問題は「なぜ移したか」です。
ぼくらはあまり深く習いませんでしたが、理由のひとつは前回の話の続きにあります。

奈良の都は、仏教が強くなりすぎたんです。

大仏プロジェクト以来、国家と仏教は一体化し、大寺院は政治に深く食い込みました。
極めつきが、称徳天皇に寵愛された僧・道鏡です。
一介の僧侶が太政大臣禅師、さらに法王まで上りつめ、あわや皇位に、という騒動(宇佐八幡宮神託事件)まで起きました。

桓武天皇の遷都は、この肥大化した寺院勢力を奈良に置き去りにする、政教分離の引っ越しという面があったんです。
実際、平安京の中には、東寺と西寺というごく限られた官寺しか置かれませんでした。

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