1160年、平治の乱に敗れた源義朝の三男が、伊豆へ流されました。
13歳の少年の名は、頼朝。
清盛の継母・池禅尼(いけのぜんに)の嘆願で命だけは助けられた、と伝わります。
このときの温情が、20年後、平家滅亡の引き金になるわけです。
歴史の皮肉として、これ以上の例はなかなかありません。
流人生活20年。
頼朝は伊豆で、東国武士の娘・北条政子と結ばれ、1180年、以仁王の令旨を受けて挙兵します。
緒戦の石橋山では惨敗して洞窟に隠れる始末でしたが、安房で再起すると、東国の武士たちが雪だるま式に集まってきました。
なぜ、負けたばかりの流人に武士たちが集まったのか。
ここに、今回の主題があります。
頼朝は、武士たちが何を求めているかを、誰よりも正確に理解していたんです。
東国の武士たちの願いは、突き詰めればひとつでした。
013でやった「一所懸命」、先祖伝来の所領を安堵(あんど)してほしい、です。