1543年(1542年説もあります)、種子島に一隻の船が漂着しました。
乗っていた「ポルトガル人」が持っていた二丁の火縄銃を、島主の種子島時堯(ときたか)が大金で買い取ります。
これが日本の鉄砲の始まり、と『鉄炮記』は伝えます。
ここからの展開が、日本史屈指のスピード感なんです。
時堯は刀鍛冶に複製を命じます。
最大の難関だった銃身の尾栓のネジ構造も、やがて克服。
数年のうちに国産化に成功し、製法は堺、近江の国友、紀州の根来へ伝わって量産体制に入ります。
そして伝来から約30年後の長篠の戦い(1575年)では、数千丁の鉄砲が一つの戦場に投入されるまでになりました。
戦国末期の日本列島は、保有丁数で世界最大級の「銃社会」になっていたと言われます。