今からおよそ5000年前、メソポタミアで人類は文字を発明しました。
粘土板に葦の先を押しつけて刻む、楔形文字です。
最初の用途は、じつに散文的でした。
麦の在庫、羊の頭数、税の記録。
文字は帳簿のために生まれました。
でも人類は、ほどなくこの発明を別のことに使い始めます。
物語を書き残すことです。
声に出せば消えてしまう物語が、初めて時間を超えられるようになった。
今回は、そうして残った人類最古級の物語たちを読みます。
神話の「化石記録」の、いちばん深い地層です。
まずバビロニアの創世叙事詩、エヌマ・エリシュ。
世界の始まりは、淡水の神アプスーと塩水の女神ティアマトが混ざり合う水の混沌でした。
やがて若い神々が生まれて騒がしくなり、古い神々との間で戦争になる。
若手の代表マルドゥクは、巨大な原初の女神ティアマトを討ち取り、その死体を二つに裂いて、半分を天に、半分を大地にしました。
どこかで聞いた話ですよね。
第4回の北欧、ユミルの死体からの世界創造と同じ型です。
しかもこちらの粘土板のほうが、二千年以上古い。
さらにこの叙事詩は、バビロンの新年祭で毎年朗読されていました。
神話は読み物ではなく、儀式の中で毎年再演される「生きた台本」だったんです。
この論点は第22回でじっくり回収します。
そして人類最古の長編物語、ギルガメシュ叙事詩です。
主人公は都市国家ウルクの王ギルガメシュ。
実在した王がモデルとされます。
暴君だった彼のもとに、神々が野人エンキドゥを送り込む。
二人は取っ組み合いの末に無二の親友となり、怪物退治に杉の森へ遠征し、天の牛を倒し——そしてエンキドゥが、神々の怒りに触れて病死します。