1872年、ロンドンの大英博物館。
ジョージ・スミスという研究者が、ニネヴェ出土の粘土板を解読していて、手が止まりました。
そこに書かれていたのは、神が洪水で人類を滅ぼすと決め、選ばれた男が船を作り、家族と動物を乗せて生き延び、水が引いたかを確かめるために鳥を放つ物語。
ノアの箱舟と同じ話が、聖書よりはるかに古い粘土板から出てきたんです。
前回登場した、ギルガメシュが訪ねた不死の男ウトナピシュティム。
彼こそ、この「メソポタミア版ノア」でした。
発表はヨーロッパ中の大ニュースになります。
聖書だけが持つはずの物語に、より古い先輩がいた。
比較神話学が本格的に走り出した瞬間です。
調べれば調べるほど、洪水は出てきました。
ギリシャでは、ゼウスが堕落した人類を洪水で流し、デウカリオンとピュラーの夫婦だけが箱舟で生き延びます。
インドでは、最初の人間マヌが小さな魚を助けると、魚は巨大化して洪水を予告し、マヌの船を角で引いて救う。
マヤの神話では、木で作られた出来損ないの人類が洪水で滅ぼされる。
中国では大洪水と、それを治めた禹の物語。
そして南米にも、オセアニアにも、アフリカにも、洪水の物語はある。
なぜこんなに揃うのか。
答えの候補は三つあります。