今回はインド。
世界最大級の神話体系にして、いちばん「現役」の神話を訪ねます。
出発点は、およそ3500年前にさかのぼる聖典ヴェーダです。
最古の『リグ・ヴェーダ』で最も多く讃えられるのは、雷霆の武神インドラ。
水を堰き止める巨大な竜ヴリトラを打ち倒し、世界に水と光を解放した英雄神です。
……この筋書き、どこかで見ましたよね。
武神が大蛇・竜を退治して水を制する物語は、スサノオのオロチ退治と同じ型です。
実は「雷神・武神による竜殺し」は、インドからギリシャ、北欧までユーラシアに広く分布する、それこそ第6回の神話の系統樹を思わせる定番中の定番です。
ちなみにインドラは、仏教に取り込まれて帝釈天として日本まで来ています。
あなたの近所のお寺にも、たぶんいます。
時代が下ると、インドの神々の主役は交代します。
ヒンドゥー教の中心に立つのは、創造のブラフマー、維持のヴィシュヌ、破壊のシヴァ。
この三柱が宇宙の三つの働きを分担し、根本では一体だとされます。
世界は創られ、保たれ、壊されて、また創られる。
破壊が悪ではなく、循環の必須工程として神格化されているのが、インドの際立った特徴です。
そしてヒンドゥー神話には、ものすごい発明があります。
アヴァターラ——化身です。
維持神ヴィシュヌは、世界の秩序が危機に陥るたび、姿を変えて地上に降りてきます。
魚として、亀として、猪として。
叙事詩の英雄ラーマも、クリシュナも、ヴィシュヌの化身とされます。
ばらばらの時代のばらばらの英雄譚が、「ぜんぶ同じ神の別の姿」という一本の糸で束ねられる。
異なる信仰を吸収合併するシステムとして、これほど強力な仕組みはありません。
どれくらい強力かというと、ブッダまで取り込みました。
多くの伝承で、ヴィシュヌの十の化身のひとつに、仏教の開祖ブッダが数えられています。
仏教講座を受けた方には感慨深いはずです。
ヒンドゥーの神々を否定はせず、しかし神への供儀では苦しみは解けないと説いたブッダ。
その仏教がインドで衰退していく過程で、ブッダ自身がヒンドゥー神話の登場人物として編入された。
敵対でも排除でもなく、取り込むことで包摂してしまう。
多神教の吸収力の、世界史上最大の実演です。