第3部の締めは中国です。
今回は少し変わった問いを立てます。
なぜ中国神話は「薄い」と言われてきたのか。
四千年級の文明で、文字記録の量なら世界屈指。
ギリシャの『神統記』や日本の古事記のような、神々の物語の体系があって当然のはずです。
ところが中国には、神話を正面からまとめた古典が、ほぼ存在しません。
神々の断片は、地理書や思想書の隅に散らばっているだけ。
この不在こそが、中国神話最大の謎です。
散らばった断片を拾い集めると、ちゃんと豪華な顔ぶれが出てきます。
世界の始まりには、巨人盤古。
卵のような混沌の中で生まれ、天と地を押し分けて成長し、死ぬとその体が世界になりました。
息は風、声は雷、目は太陽と月、血は川、肉は大地。
——第4回のユミル、第5回のティアマトと同じ死体化生型です。
人類を創ったのは、女神女媧。
黄土をこねて人を作り、天が壊れたときには五色の石を練って天の穴を繕いました。
ほかにも、八卦を発明した伏羲、百草を嘗めて医薬を定めた神農、西の崑崙山に住んで不死の薬を持つ女神・西王母。
怪物と異境の記録『山海経』には、奇怪な神々と生き物がひしめいています。
素材は揃っている。
なのに、これらを一本の物語に編んだ「中国版古事記」がない。
しかも盤古の記録が文献に現れるのは、なんと三国時代——孔子より七百年以上もあとです。
古い文明なのに、神話の記録は新しく、断片的。
なぜか。