世界中の神話を並べると、英雄でも王でもないのに、必ず出てくる役柄があります。
いたずら者です。
北欧のロキ。
神々の仲間なのに、面白半分に女神の自慢の髪を刈り、怒られると小人の職人たちを口車で競わせて、失った髪より豪華な黄金の髪と、ついでに雷神のハンマーまで調達してくる。
神々の危機はたいていロキの悪ふざけが原因で、その解決もたいていロキの悪知恵です。
ところがこの愛すべき厄介者は、やがて冗談では済まない一線を越え、光の神バルドルを死に至らしめて、ラグナロクの引き金を引きます。
北米の先住民の神話では、コヨーテやワタリガラスがこの役です。
ワタリガラスは、光を独り占めする長老の家に潜り込み、まんまと太陽を盗み出して空に放った。
おかげで世界は明るくなりました。
泥棒が、世界に光をもたらしたんです。
西アフリカのヨルバの神話では、辻の神エシュが、わざと二色に塗り分けた帽子をかぶって畑の間を歩き、「赤い帽子だった」「黒だった」と親友同士を大喧嘩させる。
ギリシャなら、神々から火を盗んで人類に渡したプロメテウス。
そして日本には、もうおなじみのスサノオがいます。
神話学では、この役柄をトリックスターと呼びます。
境界を無視して動き回り、嘘と悪戯で秩序をかき回すが、その結果として、しばしば人類に火や光や文化をもたらしてしまう存在。
破壊者と文化英雄が同居しているのが定義の核心です。
まじめな疑問です。
共同体の理想を語るはずの神話に、なぜ嘘つきの泥棒が、こんなに愛されて住みついているのか。