ところがこの人、本を一冊も書いていません。
論文もメモも、何ひとつ残していない。
ぼくたちが知るソクラテスは、すべて弟子のプラトンたちが書き残した姿です。
何も書かなかった男が、二千四百年たっても哲学の主役でいる。
今回は、この不思議の種明かしです。
物語は、デルフォイの神殿から始まります。
ソクラテスの熱烈なファンだった友人カイレフォンが、神殿でこう尋ねました。
「ソクラテスより賢い者はいますか」。
神託の答えは「いない」。
これを聞いたソクラテス本人は、大真面目に困惑します。
自分は何も知らないのに、神が嘘をつくはずもない。
どういうことだ。