木の幹に、一匹のリスがしがみついています。
その反対側に、ハンターが立っている。
ハンターが木の周りを回ると、リスも同じ速さで幹の裏側へ回り込み、いつまでも姿を見せません。
さて問題。
ハンターは木の周りを一周しました。
では、ハンターは「リスの周りを回った」と言えるでしょうか?
これ、実際にキャンプ場で大真面目に論争になり、決着がつかず、哲学者ウィリアム・ジェイムズに裁定が持ち込まれた問いです。
ジェイムズの答えが、ふるっています。
「回る」の意味によります、と。
東西南北の順で相手の四方を通過するという意味なら、回った。
相手の正面・横・背中を順に見るという意味なら、回っていない。
意味を決めれば論争は消える。
決めずに争うなら、それはただの言葉の空回りである——。
この「論争ほどきの技術」を看板にした哲学が、今回の主役です。
ヨーロッパの深刻な哲学とはまったく毛色の違う、アメリカ生まれの実用哲学。
プラグマティズムです。