1986年5月、エニックスから『ドラゴンクエスト』が発売されます。
このゲームの偉大さは「発明」ではなく「翻訳」にあります。
RPGというジャンル自体は、アメリカのパソコンゲーム『ウィザードリィ』や『ウルティマ』がすでに確立していました。
しかしそれらは、英語で、パソコンで、マニアが遊ぶものだった。
それを日本の子どもがファミコンで遊べる形に訳し切ったのが、堀井雄二です。
堀井雄二はもともとフリーライター出身で、言葉の人でした。
『ドラクエ』の設計には、その出自が隅々まで効いています。
- コマンドは「はなす」「しらべる」「じゅもん」。カタカナ用語を避け、小学生が読める日本語で統一した
- 経験値やヒットポイントという抽象概念を、レベルアップのファンファーレと「つよさ」の画面で体感に変えた
- 復活の呪文(パスワード)の書き間違いに泣いた人を含め、プレイヤーに「冒険を続ける」という長期の遊びを教えた
そしてキャラクターデザインに『ドラゴンボール』の鳥山明、音楽にクラシック畑の作曲家すぎやまこういち。
週刊少年ジャンプ誌面での紹介記事も含め、子どもたちへの導線が完璧に設計されていました。
名作は中身だけでは国民的になれません。
届け方まで含めて、ドラクエは設計されていたのです。