1989年、任天堂からゲームボーイが発売されます。
設計を率いたのは横井軍平。
ゲーム&ウォッチと十字キーを生み、『メトロイド』のプロデュースもした、任天堂のものづくりの屋台骨です。
そして発売直後から、このハードは笑われました。
画面がモノクロだったからです。
同時期の競合機は、いずれもカラー液晶を積んでいました。
スペック表で比べれば、ゲームボーイの負けは明白です。
しかし勝負を決めたのはスペック表ではありませんでした。
- カラー機が単3電池数本で数時間しか持たない中、ゲームボーイは長時間動いた
- 本体価格は圧倒的に安い12,500円
- 軽くて頑丈で、子どもがランドセルに放り込める
携帯ゲーム機にとっての生命線は、画面の色数ではなく「電池と値段と頑丈さ」である。
この見極めがすべてでした。
持ち歩ける遊び道具は、まず持ち歩けなければ意味がない。
当たり前のようで、競合他社の技術者たちはこの当たり前に負けたのです。