プレイステーションの誕生は、ゲーム史でも指折りの皮肉な物語です。
なぜならこのハードは、もともと任天堂とソニーの共同プロジェクトから生まれたからです。
90年代初頭、任天堂はスーパーファミコン用のCD-ROM機をソニーと共同開発していました。
ところが1991年、任天堂は方針を転換し、ソニーとの提携を事実上反故にして別のパートナーと組むと発表します。
国際見本市の場で、ソニー側に十分な仁義を切らない形で、です。
面目を潰されたソニー社内では撤退論も出ましたが、開発の中心にいた久夛良木健はゲーム事業への参入を主張し続け、経営陣を説得します。
こうして1994年12月、ソニー・コンピュータエンタテインメントからプレイステーションが発売されました。
任天堂が自ら怒らせた相手が、任天堂の王座を奪いに来たわけです。
プレイステーションの技術的な看板は、3Dポリゴンをリアルタイムに大量処理できることでした。
『バーチャファイター』などでアーケードに始まっていた3D化の波を、家庭に持ち込む性能です。
しかしぼくは、PSの勝因の本体はビジネス設計だったと思っています。