2002年、任天堂の社長に岩田聡が就任します。
42歳。
HAL研究所で『カービィ』や『スマブラ』を支えた、天才プログラマー出身の経営者です。
岩田が直面していたのは、業界全体を覆う不都合な真実でした。
ゲームは高性能化し、複雑化し、長時間化した。
その結果、遊ぶ人の裾野が縮み始めていたのです。
岩田の任天堂が掲げた戦略は「ゲーム人口の拡大」でした。
競合ハードとの性能競争から降り、ゲームを遊ばない人、離れてしまった人を相手にする。
2004年のニンテンドーDSと2006年のWiiは、この思想をハードの形にしたものです。
- DSはタッチペン。ボタンの複雑な組み合わせではなく、画面を「触る」という誰でもできる操作
- Wiiはリモコン型のコントローラ。テニスのスイングやボウリングの投球という、身体がすでに知っている動き
- ソフトも『脳トレ』『nintendogs』『Wii Fit』。ゲームというより生活習慣に近い提案